資産形成の灯台

様々な投資戦略の学習・実践中。最も尊敬する投資家はハワード・マークスです。

他人への共感の仕方には2通りの方法があるよ、という話


今日は最近職場であったことに仮託して、共感の仕方について書いていきたいと思います。

私が働いている職場でも世間の例に漏れず、パワハラ・セクハラなどはやめましょうと言うルールになっています。


もちろん規程の中にも「やったら大変なことになるからな」と明記されています。

そんな状況ですので、各マネージャーは折に触れて「こういうことしちゃいけませんよ」というのをメンバーに対して伝えています。

 

ですが、これも例に漏れず(?)、そのマネージャー自身がやってはいけないことを普通にやるということをしてしまっています。

具体的な内容は伏せますが、私の観測範囲ですと、「○○をネタにするような話をしてはいけませんよ」という話をした直後に、「例えば、AさんがBさんを○○をネタにして笑うとか…」みたいな例示をしたりします。いや、それお前が今やめろって言ったやつやんけ的な事が展開されます。

 

相当に理解に苦しむ行為なのですが、おそらく本人はいたって真面目であり、何の悪気もないのだと思います。

 

逆に言うと、この手の悪気のなさが今までなんちゃらハラスメントを産んでいた原因なんだろうと、まざまざと見せつけられた気持ちでした。

 

で、なんでこんなことが起きるのかということです。

 

これはずっとモヤモヤしてたのですが、最近、共感には二種類あるという話を目にして自分の中で腹落ちがしました。

 

共感には情動的共感と認知的共感があります。

 

情動的共感というのは、例えば、相手が痛みを感じていると自分も痛みを感じるというものです。

心が痛いなんていう表現がありますが、そういったことをたとえ他人ごとであっても実際に感じられる能力です。

 

もちろん実際に相手の痛みを丸ごとそのまま再現してるわけではありません。

あくまで自分の神経細胞を使ってこうなんじゃねーのというのを脳内でシュミレーションしているに過ぎません。

 

世で言うところの「感動した!」「共感した!」「私も涙出ちゃった!」的なものは、こっちのイメージですかね。

 

認知的共感というのは、情動的共感のように痛みは感じないけれども、相手が痛いと感じているらしいというのは分かるという能力です。

 

こちらは実際に自分が相手の感情を感じるわけではありません。

相手の表情や反応を見て、どうもこいつは痛みを感じているらしいと理性的に推察をする能力だと理解しています。

 

どちらの能力も脳の中にあるミラーニューロンというニューロンの一種を使っているらしいです。

このミラーニューロンというのは、目の前の相手が例えば痛みを感じていれば、自分の脳内でもその痛みを再現しようとするような機能を持っているらしいです。

(この辺とっても知識が曖昧です☆)

人間は高度な社会性を持つ生き物ですから、こうした相手の気持ちを推し量る能力が社会の維持に役立つものとして発達したんすかね。


重要な点は、これらの能力は脳内の器質的な発達度合いに依存しているという点です。

誤解を恐れずに言えば、こうした器官が発達していなければ、、神経細胞の連結・発火パターンを持っていなければ、そもそも相手の痛みを感じるということはできないのです。

 

サイコパスという言葉があります。

サイコパスは先ほどの情動的共感が著しくかけている人物です。

 

一方で、認知的共感はずば抜けて高く、相手の痛みを感じることなく相手の心を操作することに長けています。

このように、この二つの共感の発達度合いによって、人のパーソナリティに色々なバリエーションを与えているようです。

 

ここで冒頭のマネージャーの話に戻ります。

このマネージャーの場合は、おそらくどちらの共感能力も低かったのではないかと思います。

 

どちらかの能力が高ければ、ある程度冒頭のような行為には自制が効くのではないかと考えます。情動的共感が低くとも、認知的共感で得た知見を規範として自らを律することはできます。

 

また、情動的共感は自分と似た属性、親しい間柄ではうまく機能するものの異なる相手とはあまりうまく機能しないという話も目にしました。

極端な話、目の前で家族が怪我をして痛がっているのと、遠い海の向こうで過酷な環境で苦しんでいる人々、どちらにより多く共感しますかといった話です。

 

ですので、職場のメンバー(言ってしまえば赤の他人)に対して情動的共感が働かないというのは別に構わないのですが、行動規範として機能する認知的共感を持っていないというのは、現代のマネージャーの資質としてはあまりよろしくないのかもしれません。

 

こうしたことが問題になり始めたのは、なんちゃらハラスメントが問題視され始めたここ数年の話でしょう。私の職場でも、その前では文章にするのも憚られるような行為が普通に行われていました。

 

プライベートはどうだか知りませんが、少なくともビジネスのシーンではマネージャーに認知的共感が必ずしも必要とされてこなかったのかもしれません。

(個人的にはマネージャーの能力として認知的共感はハラスメント抜きにしても必須だと思ってますが…)

 

あるいは、一部の似た属性のメンバーに対して共感を働かせれば良くて、多様な人材に対してはそうした気遣いはしなくてもよいという環境だったのかもしれません。

身内に対しては妙に気が利く一方で、外にいる人間に対しては全く違った態度をとるというのもその辺が原点なのかもしれません。

 

私個人としては、人はそんなにすぐに変わるとは思っていないので、こうした問題はそのうち世代交代が解決してくれるのではないかと思っています。

それまでは冒頭のようなマネージャーに対しては、まあそんなもんだろうぐらいに思って行くしかないと思ってます。

 

カエルがジャンプして怒る人はいないでしょう。カエルは脳内の構造がそうなってるんですから、それが自然な状態です。

変に期待をするよりも、まあそんな生き物だよねぐらいに思っていた方が、ストレスなく働けるのではないかと思っています。

 

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