最近読んだ レポートの中で、金融リテラシーが高いと思われる人でも、誰々が持ってきた話であるというようなことを根拠にして、投資案件の良し悪しを判断してしまう、といった内容のことが書いてあった。
ちょうど今 予測モデル としての脳について色々と本を読んだりしているところなので、 そのことに絡めてこのことについて考察をしてみたいと思う。
割とこの「脳内のリスク評価に関する予測モデルが、商品性じゃなくて『誰がもってきた話か』をパラメーターにしている系」の人は多い気がする。
— Umino Kujira🐋 (@lighthouse4u1) 2023年5月6日
ヒューリスティックスの一種ではあるのだろうが、、 pic.twitter.com/mqj08ukVGj
- 特定の状況下では「誰が持ってきた話かモデル」が優勢になる
- 認知負荷が低いヒューリスティックで金融商品に関する判断をしてしまいがち
- 金融教育でシステム2で判断する神経回路を形成しよう
- おまけ:GPT先生の金融教育の実践的アイデア
特定の状況下では「誰が持ってきた話かモデル」が優勢になる
人間は、脳内の予測モデルを用いて物事の判断を行っている。その予測モデルは単一のものではなく、複数のモデルが存在する。例えば投資判断においても、必ずしも客観的なデータに基づいて判断をするわけではない。顔馴染みの銀行の営業員が持ってきた話については、その人物が持ってきたということを根拠にして投資を行うこともある。脳内でどの予測モデルを使用するかという仕組みに関係があると考えられる。
これらのモデルはどのようにして、どれを使うかという判断がなされているのだろうか。人間の脳にはいくつものニューロンという神経細胞と、シナプスという細胞の間をつなぐものがたくさん存在する。特定の神経細胞同士がシナプスによってつながることで予測モデルが作られる。このつながりは非常に複雑で、単一の神経細胞が発火するわけではなく、複数の神経細胞が同時に発火することで機能している。その発火の組み合わせによって様々なパターン認識や予測が行われているとされる。神経細胞の発火の組み合わせは、外部から得られた情報によっても左右される。
先ほどの営業員の例で言えば、普段は冷静に金融商品に関する判断ができる人でも、彼が来た時だけはその情報によって「誰から勧められたかによって判断をするモデル」を持つ神経細胞が同時に発火してしまうのだろう。この同時発火のパターンは、過去にその関連する事象によってどれだけ良い思いができたかどうかといったことにも関連して形成されていく。
これはドーパミンなどの報酬系と呼ばれるものの活動によって、発火の強弱が決まってくる。過去にその営業員から勧められた案件が利益をもたらしたものであれば、特定の営業員が持ってきたという事実が、ドーパミンの放出を促すようなものになると考えられる。これは生成系AIにおけるパラメーターの重み付けにも似ている。それも当然だろう、ディープラーニングの技術は、人間の脳の構造を参考にして開発されたものだからだ。そうした複数の条件が重なることによって、人物を見て金融商品の良し悪しを判断するという結果になるのではないかと推測される。
なお こうしたプロセスはベイズ推論とも関連付けられている。 最近読んだ本では、脳内における予測のプロセスは ベイズ推論に似ているのではないかと書かれていた。
ベイズ推論は「 おそらくこういった事象が何パーセントぐらいで発生するだろう」という 見積もりを立てて、実際の結果を観測することで その見積もりを修正していくというアプローチである。 この事前の 見積もりを事前分布と呼ぶ。 もう少し 直感的に分かりやすい言葉を使うと「信念」である。
認知負荷が低いヒューリスティックで金融商品に関する判断をしてしまいがち
以上は特定の状況下における話だが、わりと多くの人にとっても当てはまる話だと思う。
本来は、金融商品について調べたりして、その上で判断すべきだが、多くの人はそういった手段を取らない。なぜなら、それらは認知負荷が高いからだ。誰から勧められたかによって判断する方が認知負荷が軽く、素早く判断できる。このような認知負荷を抑え、素早く判断できる仕組みをヒューリスティックと呼ぶ。経験則とも言う。
これは、我々がサバンナで暮らしていた時から備わっている仕組みだ。茂みがガサガサしているのを見て、風で揺れているのか、ライオンが近づいているのかをゆっくり考える暇はない。過去に草が揺れた後に危険な動物が飛び出してきた経験があれば、すぐに決断して逃げるべきだ。このように、簡便で迅速な判断をヒューリスティックは可能にする。特に認知的な負荷が高く、素早い判断が求められる状況では、ヒューリスティックは極めて有効な方法となる。
この考えは、ダニエル・カーネマンの「システム1とシステム2」の概念と関連がある。システム1は速く、直感的で、ヒューリスティックに基づく思考であり、システム2は遅く、論理的で、分析的な思考だ。システム1は認知負荷が低いため、多くの状況で利用されるが、誤った判断を導くことがある。システム2は認知負荷が高いため、利用されることが少ないが、より正確な判断が可能となる。
何か新たな外的要因が働かない限り、ヒューリスティックに頼った方が、彼らにとっては合理的な判断である。その方が認知的負荷が低いからだ。特に、そのヒューリスティックが普段から使い慣れているものであればあるほど、これを別の方法に改めることは難しい。人間にとって、習慣は極めて強力に働くものだからだ。一度できた神経回路は、簡単には修正することができない。
今話したようなことは、すべて脳内の神経回路によって判断が行われている。そして、神経回路は自分の意志の力で自由に変えられるものではない。その神経回路が長く使われていたり、何か特定のイベントで強力に報酬が与えられて強化されたものであったりすると、その神経パターンを変えるのは難しい。人間の脳には神経可塑性という特性が備わっているので、神経パターンの修正自体は可能である。しかし、これを特定のパターンをターゲットにして自由に変えるのは非常に難しい。
なお、最近読んだ本では、ニューロフィードバックという方法によって、神経回路のパターンを操作する技術が開発されているらしい。しかし、こういったものはまだ開発段階であり、広く実用に供されるのは先の話だろう。
金融教育でシステム2で判断する神経回路を形成しよう
ここ最近のブログ記事は 金融教育のことばかり書いている気がする。 しかし今回の話題も、結局のところは 金融教育に帰結する。 つまり、このようなヒューリスティックによって金融商品に関する判断を行うような 神経回路が形成される前に、より客観的な予測モデルによって判断をするように 神経回路の形成 パターンを誘導する必要があるということである。
株式投資をしたことがある人なら一度は経験したことがあるのではないかと思うが、 相場の雰囲気だけで投資をしていると損をすることが多い。 少なくとも私自身はそのような傾向がある。
市場は既知の情報を素早く 織り込んでいくために、気がついた時には 好材料を取り込んですでに株価は高くなっている。そうなってから買う人たちは いわゆる養分であって、 利確の材料にされることも多い。
感情や脊髄反射で投資を行うと、市場に振り回されることになる。だからこそ、ヒューリスティックに頼らないシステム2に基づく判断方法を身につける必要がある。その意味で、金融市場との関わり方は教育の対象として非常に意義があると個人的に思う。もちろん、それは万人が金融市場に関わるべきだということではなく、必要がある人間にとっては有益だということだ。
実用的な神経回路を形成するためには、実践形式で教える必要があるだろう。神経回路が強く働くようになるためには、繰り返しその回路を使うか、強い報酬やストレスを与えることが有効だ。例えば、実際に少額のお金を使って投資をしてみることで、効率的に神経回路を形成することができるかもしれない。座学での知識伝達よりも有効だろう。
ただし、強すぎる報酬は投機性の高い金融商品への選好を高めてしまったり、逆に強すぎるストレスは金融商品への忌避感を強める可能性がある。教育の設計においては、こうした倫理的な側面にも注意する必要があるだろう。
おまけ:GPT先生の金融教育の実践的アイデア
せっかくなので、GPT先生にもどのような方法が有効かを聞いてみた。おまけとして以下にそれを掲載する。
- 理論と実践のバランスを取る: 知識を伝えるだけでなく、実践的な状況でその知識を適用する方法を教えることが重要です。
- グループディスカッションやケーススタディを活用する: 他の人の意見や経験を聞くことで、自分の考え方や判断基準を客観的に見直すことができます。
- シミュレーションやゲームを使う: 投資や金融市場に関するシミュレーションやゲームを通じて、リスク管理や判断力を養うことができます。
- メンター制度を活用する: 経験豊富な投資家や金融専門家から直接アドバイスやフィードバックを受けることで、より効果的に学ぶことができます。
- 定期的な評価とフィードバック: 学習者の進捗を定期的に評価し、適切なフィードバックを提供することで、継続的な改善が可能になります。
これらの方法を組み合わせることで、金融教育が効果的に行われる可能性が高まります。ただし、個々の学習者に合わせて教育内容や方法を柔軟に調整することが重要です。それぞれの人にとって最適な学習環境を提供することが、神経回路の形成を助けるでしょう。
最近の記事も、金融教育について書いている。
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