資産形成の灯台

様々な投資戦略の学習・実践中。最も尊敬する投資家はハワード・マークスです。

【書評?】ノートを付けるの、オススメやでと言う話

今、「すべてはノートからはじまる」と言う本を読んでます。

まだ完走してないですが、フライング的に感じていることをつらつら書こうかと。

投資にも通ずるお話です。

 

 

ここで言うノートっつーのは、記録として書くものなら何でも該当します。

形式・スタイルや目的など問わないです。ただし、「継続性がある」というのは条件かなと。

なんなら、このブログだってノートです。

私の場合は、物理的なノートは一切使ってないです。すべてデジタルツールでして、Evernote、Scrapbox、Onenoteを用途に応じて使い分けてます。

どれもいいツールなんですが、「この用途だったら、これがしっくりくるんだよね」みたいな使い勝手の良さがそれぞれにあるんですよね。なので、結局はどれも使ってます。

 

で、まぁノートを付けることのメリットはいろいろあるんですが、

一番のメリットは「思考の幅と深さが出る」ことかなと思います。

 

特に私は痛感しているところなのですが、なんもノート=外部記憶装置を使わんと、思考力の限界って記憶容量的なもので決まっちゃうんですよね。

私の頭はあんまり性能が良くないので、ワーキングメモリが少ないと感じます。

 

で、記憶力が良くないと建設的な思考=論理を積み上げられる階層的なものが浅くなっちゃうんです。数学の証明問題を思い浮かべて貰えればいいですかね。あーいうの、私、苦手なんですよね。。

 

建設的に思考を積み上げていくには、当然に自分の思考過程を記憶しておかなければいけないのですが、これを頭の中だけでやろうとすると、自分の脳のワーキングメモリの性能に頼ることになる。

でも、大抵は一度に覚えていられる量なんてそう多くないですから、結局は思考が断片的なものになりがちです。

 

これ、実際にノートなどに自分の考えを書き出してみると分かりますが、自分で思っているほど論理的でないんですよね。

 

脳内に思い浮かぶ「思い」って、実際にはかなり取っ散らかっていて、脈絡が無かったりします。よく「いざ、人前で話そうとすると、うまくしゃべれない」ってこと、無いでしょうか。

あれは、頭の中ではうまく整理できているつもりになっているだけで、実際は穴やら飛躍だらけの論理なんですよね。

 

そもそもこの論理的思考ってやつは、人間の進化の歴史でも比較的、新しく備わったもんです。僕らがサバンナでうほうほしていた時は、「草むらに影アリ→ライオンか!?逃げなきゃ(使命感)」みたいな「多少、不正確でも早い思考」が最も重要でした。よくシステム1とか言いますね。

 

現代では「遅いが深い論理的思考」(システム2)が価値を生みだすようになってますが、人間、そんなに早くそっちの能力に最適化=進化できるわけでもありません。

そうした器質的な限界を抱えとるわけです。

 

そんなわけで、自前の脳みそだけで考えようとすると、どうしても思考が浅くなりがちなんです。

誤解を恐れずに言うなら、よほどの天才出でない限り、ノートをつける習慣がないと一定以上の思考は無理なんじゃねーかとさえ思っています。

 

頭の中の割とカオスな思いを外に吐き出してみて、「なんで?」「それから?」「本当に?」みたいな問いを立てて再検討していく。これを繰り返していくと、自分が本当は何を考えたかったのか、どこに到達したかったのかがやっとわかってくる。。そんな認識でいます。

 

実際、ノートを付けていると「あぁ、俺はこれを言語化したくて思索をしてたんだな」みたいな瞬間が結構あります。

特に、仕事では企画系の業務が捗るようになりました。もともと、アイデア出すの苦手だったんすよね。でも、「まずは吐き出して、それから一歩ずつ検討する」というプロセスを踏むようになって、気楽に構えられるようになった気がします。

 

こうしたノートを使った思索、投資でも当然に役立ってくれます。

私、特に失敗したときなんかは自身の投資行動をノートで振り返りながら再検討したりします。

 

そうすると、第三者の立場から割と冷静に反省点を振り返ることが出来るんですよね。不思議なもんで、一度外に吐き出すと、まるで他人事のように思えてくる。

投資の場合は特に、損失を出したことについて自己を否定しなければならないですよね。これを頭の中だけでやろうとすると、感情が邪魔して言い訳になっちゃうんです。これだと自己を正当化してばかりで、次の行動に繋がらない。

 

でも、一旦、当該事象を自分と切り離して外部化をすることで、冷静に深堀りができるようになります。同じようなミスを繰り返してしまうときは、特に外へ吐き出して客観化したほうがいいです。

 

それに、人間の記憶って、過去を正確に保存するようなもんではなくて、思い出すたびに「再構成」するもんらしいので、正確に失敗した出来事を覚えていられないんですよね。

 

ミスを過剰演出でリフレインしちゃうのも精神衛生上よくないし、かと言って、「俺は悪くなかった」みたいな「美化」しちゃうのも次に繋がらないのでよろしくない。

その点、記憶が生々しいうちに記録しておけば、例えば数年後だって「当時、どんな反省点があったのか」思い出すことができます。

 

こうした、蓄積の力というのは、強いです。

 

私がノートを付ける=記録することを習慣にし出したのは社会人になってからですが、それ以前とそれ以後では、正直、同じ人間とは思えないくらいにモノの考え方が変わったという感覚があります。

もともとあんまり頭が良くないので、外部記憶装置に頼るメリットが人より大きかったのかなぁと思います。

 

…というようなお話がですね、冒頭の「すべてはノートからはじまる」には書いてあります。だいぶ、私自身の感性で脚色してしまいましたが(白目)

 

「そういや、そーいうのやったことねーな」という方、まずはこの本を読んでみるのも悪くないのではないでしょうか。私自身も記録化について思っていたことが言語化されていて、おススメの一冊です。

 

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